⑤ 裁判員と陪審員 有罪と無罪

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 裁判員といえば……。

 ただいま公開中の映画『記憶にございません!』の監督、三谷幸喜 脚本『12人の優しい日本人』を思い出す。

 こちらの作品はまだ裁判員制度が始まる前の作品。
 もしも日本で陪審員制度ができたなら……。優しい日本人ならどうなるかをコミカルに描いたもの。

 


 被告は若い女性。復縁を迫った元旦那がトラックに轢かれて死亡するという事件。

 

「とりあえず有罪か無罪かで評決をとりましょう。無罪だと思う人は挙手して下さい」


 みんなが手を挙げると何となく挙げてしまう。全員一致で「無罪」になりかけるが……。
 一人が有罪を主張。
 陪審員は全員一致でないと評決にならない。
 はやく帰りたくて「無罪」だよ。となだめる人。


「人が死んでるんだ。もっと真剣に話し合いましょう」と言う。

 

「DV旦那が悪い」「若くて美人だから無罪」「証人はばばあだから嘘をついてる」

 

 無罪を主張するもそんな理由だ。そのうち奴らに負けるなと無罪派VS有罪派になっていく……。
 帰ろうとする者。議論をし合っている脇でこっそり落書きする者。きつく意見を求められて鼻血を出してしまうおばちゃん。

 

 それから議論は白熱し、今度は全員一致で「有罪」に……?

 

 


 この映画は『陪審員』であって『裁判員』ではない。

 陪審員裁判員 役割が違うんですね。


 アメリカやイギリスでは陪審員制度。


 日本では『裁判員』です。

 

「有罪」か「無罪」かを話し合って決定するのが『陪審員陪審員のみで評議する。刑を決めるのは裁判官です。
「有罪」か「無罪」か、そして刑罰を裁判官とともに話し合うのが『裁判員』です。

 

 裁判官が最初から評議に入ってくれるので『12人の……』のような展開にはならないだろうし、鼻血を出すほど意見を求められることはないでしょう。

 


 ところで『12人の……』でも最初から被告は「有罪」か「無罪」か。と話し合いが始まりますが……。

 有罪でなければもちろん無罪、という判決にはなるのだが、それイコール『白(無実)』ではないのですね。

 

 有罪と言い切る十分な証拠はない。白ではなくても、黒に限りなく近いグレーであってもそれは『有罪』にはならないのですね。


『黒』でなければ『有罪』にはできないのです。


 英語では有罪を『guilty』 無罪は『not guilty』と言います。無実は『innocent』

「白ではなくてもグレーに持ち込めれば弁護士の勝ちなのですよ」と裁判官が初めに教えて下さいました。
 被告は黒か白か。なのではなく、証拠から黒とはっきり言えるのか。それを話し合うのです。

『12人の……』でも、初めは被告をその見た目や同情から無罪を主張していた人たちも、意見をぶつけ合いながら、徐々に理論的に有罪を立証できるのか? というところまで突き詰めていく。


「人を裁く」というと重いですが、有罪と決まったら、その『罪』に対してどのくらいの刑罰を与えたらいいのか。どのくらいの刑罰に値する罪なのか。それを考えていきましょう、と言う。

 日本ではこれだけの罪を犯したらこれくらいの罰を受けるルールがある。そのことによって日本の犯罪や再犯を抑制する目的があるのですね。


 考えてみれば当たり前のことかもしれませんが、裁判員にならなければ考えなかったことかもしれません。

 

 

 『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ⑤』

④抽選  

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 抽選に行くのに交通費は支払われます。
 そして裁判員に選ばれたら、裁判が終わるまでの交通費、日当も支払われる。遠方から通うのは大変なのでホテルに泊まります。という人には宿泊費も支払われる。
 日当は最高1万円。すべて後日こちらの指定した口座へ振り込まれます。
 それから出頭証明書が発行されます。


 抽選の当日事件の内容が知らされる。
 その後面接があり、コンピューターによる抽選が行われるとのこと。

 


 面接でアホなふりをしようか……などの考えがふとよぎる(往生際が悪い)


「恥ずかしいことは止めてね。お母さん」


 娘に窘められた。


(やってもいいかな。と思えてきたけど、やっぱり逃げられるなら逃げたい……)

 まあ、当たらない。当たらない……。

 


 そして迎えた当日。


 受付順に席につく。机にはお茶のペットボトルと番号札が置いてある。その番号で抽選が行われる。
 それからプリントが数枚。
 うち1枚は担当する裁判の事件が書かれている。それと交通費を振り込む口座の確認。そしてアンケート。

 

 その日のスケジュールは

 1. 裁判員のDVDの放映
 2. 裁判官、弁護士、検察官の紹介。
 3. アンケートの記入、質問
 4. 面接
 5. 抽選発表

 

 アンケートでは裁判員になれない理由を書きます。今回のアンケートで聞かれるのは、担当する事件を読んで、被告や被害者の関係者かどうか。似たような事件を経験しているか。

 判決に心理が影響されるのを避けるためである。ここで1名帰っていった。

 面接は全員ではなかった。免除して欲しい人の理由を聞く。ということでした。(裁判所によって違うのかもしれません)数名ほど面接を受け。その後、みんなの前でコンピューターのスイッチが押される。何も操作はされないという。
 年齢、性別、職業など一切関係ない。
 よって、まれに性別や、近い年齢で偏ることもあるらしい。

 小さなモニターに番号が表示される。
 私の番号は『37』
 前半の番号はほとんどなく、35.36.37と連番が映し出される。

 

「えっ……」

 

 さほど驚かなかった。

 

「ああ、やっぱりぃ……」

 

 そんな感じ。
 気が乗らないものに限って当選してしまうことが多い。
 中学校で無理やり立候補させられた生徒会。PTA役員それも一番やりたくない部長。子供会。それもやはり会長。などなど……。
 今年はやってもいいぞ! と気合いが入っているとなぜか当たらず終わるのだ。そんなものだ。
 それにしても6/50の確立でなぜ連番……?
 抽選で外れた人はここでお帰り。
 そして裁判員6名と、補充裁判員2名はとなりの部屋へ。

 テーブルと椅子が人数分並べられ、向かい合うように何人かが並んでいる。
 ここで裁判官三人と間近でご対面~。
 そして裁判官の横には検察官と弁護士が。
 あの黒い服は着ていない。ドラマで見るようなお堅い感じはしない。

 普通の人。
 そして若い。裁判官のひとりと検察官は20代か? 
 裁判員に選ばれた方たちはみな賢そう──。自分ひとりが場違いに思えて緊張。が裁判長は優しそうな笑顔。
 ちょっと安心する。

 そこで全員揃って、机の上に置かれた紙に書かれた誓いの言葉(公平な判断をすることを誓いますというような文)を読み上げます。

 

 ああ……本当に裁判が始まるんだ。

 

 『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ④』

③呼び出し  

 最初の『名簿登録のお知らせ』は普通郵便で届きますが『呼出状』は配達証明で届きます。


『〇〇地方裁判所


 あと二週間で期限が切れる……そんな年末に届くとは。

 

 受け取りながら「うわぁ」と小さく声を出した私に、郵便配達のおじさんは俯いたままそそくさとバイクに乗り走り去って行きました。

 

『〇月〇日から行われる裁判員裁判裁判員候補に選ばれました』というお知らせ。
 今回は最高裁判所ではなく、抽選、裁判の行われる(基本的に地元の)地方裁判所から送られてきます。


 配達証明ですから「そんな通知受け取っていません」とすっとぼけることはできません。

 

 しかし! まだ「候補」です。裁判員に選ばれたわけではありません。

 

『最終候補選択をするので〇月〇日に裁判所に来てください』と書かれています。

 通知が届いた日から六週間前後です。
 裁判は抽選日の次の週。月曜日から。


 その時点で事件の内容はわからない。抽選日当日にお知らせしますとのこと。そして裁判所に来る日(抽選)と、裁判員に選ばれたなら、〇月〇日と〇日に裁判があります。抽選の日は当選しても午前中にすべて終わると書かれていました。

 

 一緒に同封されているのは質問票。

 まずは参加は不参加か。

 えっ、不参加でもいいの? と思ったら理由を書く質問票が何枚もある。
 不参加の場合は理由を書くのだが、これがかなり細かい。


 まず辞退が認められるのは

 ※ 70歳以上
 ※ 地方公共団体の議会の議員 
 ※ 学生
 ※ やむを得ない理由で、裁判員の職務を行うことや裁判所に行くことが困難な人 

                     など。

 

 やむを得ない理由というのは

 ※ 重い病気やケガ
 ※ 親族・同居人の介護・養育
 ※ 事業上の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがある。
 ※ 父母の葬式への出席など社会生活上の重要な用務がある。
 ※ 妊娠中又は出産の日から8週間を経過していない。
 ※ 住所・居所が裁判所の管轄区域外の遠隔地にあり,裁判所に行くことが困難である。
                      など。    

 

  (同封されていた冊子『よくわかる!裁判員制度Q&A』より)  

    

 子供が小さくて預けられる人がいない。どうしても仕事を休めない。そんな人はもちろん不参加で返事を出すことができます。
 参加の場合は質問票を返送する必要はありません。不参加を希望しながら返送せずに当日裁判所へ行かなかった場合10万円以下の罰金が課せられます。

 私に当てはまりそうな理由は介護、養育だが、私には絶対無理という理由はない。これを書くならとりあえず行こう。


 この通知がくるのは5.60人。その中から裁判員が6人。補充裁判員が2名選ばれる。

 

 まず当たらないだろ……。

 

 『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ③』

②通知がやってきた!  

 それは忘れもしない平成1〇年11月。どんよりとした曇り空の日だった。

 買い物に出かけようと玄関のドアを開ける。うちは北玄関。ドアを開けると同時に冷たい風が吹きつける。

 

「さぶっ」

 

 ふと郵便受けの封筒が目に入る。
 レモンイエローの封筒。また何かのカタログか? と思ったら……。
 差出人を見て目を剥く。


最高裁判所


 ぬなっ!? 裁判所とな!? 

 

「うちの旦那 何かやったのか!!」

 

 ごめんなさいよ、旦那さま。最初に浮かんだのはそれだったよ。

 

「つ、捕まったらどうしよう……。会社の同僚で女子高生のスカートの中をのぞいて自主退職になった人がいると言っていたが、まさか旦那も一緒にのぞいていたのか……? 会社は?  く、くび!?  家のローンは!?」

 

 悪い考えが頭の中を巡る。封筒にもう一度目をやる。

 

最高裁判所

 

「いや、待て待て。いきなり最高裁判所はあり得ない……これはもしや……」

 

 宛名は旦那ではなく私。

 わたし……?
 買い物どころではない。くつも揃えず慌てて家の中に入る。震える手で封を切る。

 

「ああ……やはり。裁判員の通知だ……」

 

(一緒に裁判員に選出された方たちも封筒を見た瞬間、家族が何かやらかしたと思ったらしい。皆さん慌てないで下さい)


 まさかこんなものが自分のところへやってくるとは。
 裁判員制度が始まった頃、実家で母と姉と裁判員の話題になったことが何度かある。

 

裁判員になっちゃったらどうしよう。断れないんだって。行かないと罰金払うんだよ。うつになる人もいるんだって。証拠写真を見るんだよ。死刑の判決とか。無理。絶対無理! やりたくないよ~」

 

 姉がこぼす。

 

「ほんとね~。来たら困るわね~」

 

 呑気な母。

 

「年寄りには来ないよ! お母さんに呼び出しがあるわけないでしょ!」

 

 母の眉間がピクリと動く。

(※ 裁判員年齢に上限はないそうです。ただし70歳以上は辞退することができます)

 

 裁判員に選ばれる確率は年間9500人に1人だそう

 

「大丈夫だよ~。そんな確率に当たりっこないって」

 

 心配性で口の悪い姉を鼻であしらった私だった。
 それが……。


 通知の内容を目で追っても中身が頭に入ってこない。

 

「ど、どうしよう。辞退は出来ないと聞いている。呼び出しに行かないと罰金を払うとも」

 

 とにかく落ち着こう。
 よく読めばそれは裁判所への呼び出しではなく、『翌年に用いる裁判員候補者名簿に登録された方を対象として、名簿に登録されたことの通知をする』というものであった。

 翌年1月から12月までの1年間。『裁判員候補者』に登録されるというもの。

 つまり、まだ裁判員に選ばれたわけではない。裁判所に呼び出されたわけでもない。ということ。
 この1年の間に裁判所から呼び出しがなければ何事もなく終わる……のだ。
 それからパソコンで色々調べた。ほとんどは何の通知もなく呼び出されることなく終わるらしい。

 旦那が帰宅しそのことを告げる。(旦那を疑ったことはナイショ)

 

「ほんとに! うわぁ~!?」と通知を読みながら会社にも1人裁判員を経験した人がいると言う。その人から話を聞いていた旦那は「せっかくだからやれよ」と言う。なんだかとても楽観的。
 いや、やりたくて出来るものではないのだよ……。


 でも、旦那の話を聞いていて「やってもいいかな」という気持ちになってきた。
 まあ、呼び出しがなければ、やるもやらないもないのだが。
「呼び出しが来たら来たでいいか」と少し気持ちが落ち着いていた。

 

 封筒に裁判員についてのDVDと冊子が同封されています。
 正直に告白します。見てません。読んでません。それでも何とかなりました(これは真似しないでください)

 

 その後何の通知もなく時は過ぎた。気づけばカレンダーも残り一枚。
 もう来ないだろう。


 そう安心していたそろそろ年賀状を書かなければ……と思っていた頃。

 

 ピンポーン♪ 「郵便で~す。ハンコ下さ~い」

 

 それはやってきた。

 

 

『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ②』

➀裁判員やりました  

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裁判員やったの」

 

 知人に言うと、「ええーっ!! 本当にやった人いるんだ」

 

 と驚かれます。

 

「樹里のようなところにも来るんだね。もっとちゃんとした人が選ばれるのかと思ってた」

 

 失礼なことを言う人もいるものです。


 でも、はい。私自身もそう思っていました。平凡な人間のところには来ないと……。違うんですね。普通の人のところにも通知はやってきます。「ボーっと生きてんじゃねーよ!」とチコちゃんに怒られるような人間のところにもやってきます。公平なんです。

 

 やるんですね。国民の義務なんです。断れないのです (相当の理由がなければ)
 他人事ではないのです。

 

 裁判員に選ばれたら何するの? 法律なんて知らない。最近人前で話したのなんてPTAくらいだぞ。そんな私にできるわけないだろ……?

 

 

 不安だ。

 

 

 まあ、そんな私にもできました。


 裁判員に選ばれたみなさん、最初は不安そうでしたが、終わってからの感想は『面白かった(愉快という意味ではなく) やって良かった』というものでした。

 裁判中は裁判員をやっている。という事は秘密です。プライバシー保護のため。
 ですが、終わってしまえばブログもOK。もちろん秘密にしなければならないこともありますが。
 むしろ裁判員制度を理解してもらうためにも広げて欲しい、という。

 

 裁判員の通知がきたらどうしたらいいの……?とドキドキしている方の疑問や不安が少しでも解消するよう、裁判が終わるまでの流れを、少しずつお話ししていきたいと思います。

 

 


 始まりは一通の封筒から──

 

 

『もしもあなたに裁判員の通知がきたら ➀ 』